2005年08月

2005年08月26日

誕生日の決意



君も社長になろう。―楽しんで儲ける!起業という生き方


昨日は、大雨。
台風が迫っているにも関わらず、誕生日のディナーにジンギスカンをセレクトっ!
コリアンフードと迷ったものの、肉は肉でも濃ゆい方でしょう。
ということでね。^^

いや〜胃袋は十代だわ〜ん♪


なんていう錯覚は、初めだけ。
針をうって全身の気の通りがよくなっているもんだから、
ワインの周りのやはいこと、早いこと・・・・

あっという間にノックアウトされちまいました。
う〜んっ。


さて、またひとつだけ歳を重ねた私。
30歳までに子供を産みたかったけれど、ってまだなっていなけど、
その環境作りのためにもそろそろ腹をくくるべか。

今日、先日読んだ『君も社長になろう。』の著者、吉田氏と会うことができました。
せっかく時間をとってもらったものの、自分の未熟さを痛感する1時間となりました。
変な汗いっぱいカイチマッタ・・・。

彼と会うことで、現状を突破したかったのだけれど、それってよく考えたら
他力本願だし・・・。頭がぐちゃぐちゃで、素直にアドバイスを頂いたり、
話を聞いたりという精神状態ではなくなってしまった・・・

途中、吉田氏に、率直にこの私のことをどう思うか聞いてみると、
「この本を出して、メールが来たのは数人。そして、実際に会いに来たのは
 君が初めて。きっと行動力はあるんだろうけれど、発言は思いつきに聞こえる」
とご指摘を受けました。

まさに、そうでしょう。
そうですとも。
人生感じたままに体当たりですから・・。
でも、そんな生き方ではやってみるまで分からん訳で、体が幾つあっても
足らんでしょう。

ズバリ今、私に足りないものは、明確な事業プランだと思う。
想いはあるのに、それをきっちりお金がまわる事業プランに落とせていないこと。
そして、それをやろうと、腹をくくっていないことにあると思う。
事業プランは、いつかどこかでヒラメイテ、どっかから湧いてふってくるような
気がしていたけれど、どうやらそうではないらしい。

そうとなったら、環境から固めよう。
起業支援スクール・ドリームゲートカレッジの立ち上げの中からのサポートに携わりつつ、
自分もきっちりプランを作る。

こちらも、吉田さんの本を通して、ドリームゲートにアクセスをして、
振って湧いたようなご縁だけれど、とりあえずいっちょやってみよう。

きっとうまくいくはず。

そう、今年の私は、一歩また前進する予定ですから☆



nozomipon at 23:31|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2005年08月19日

父ちゃんと、クレイジーケンバンドの剣さん




お盆はお盆らしく帰省して、
一番びっくらしたこと。

それは、食卓にクレイジーケンバンドのCDが積まれていたこと。

まさか父ちゃん?
父ちゃんが買ったのかい?


いや、そんなに若くないだろう・・

なんて思いつつ、他のCDも物色検査。
ノラジョーンズやらケイコリーやらソウルの神様レイ・チャールズ
(おっと、これは私のプレゼント)といった、イマドキのなかなかのラインアップであります。。

河島英五なんてのも混ざっていると、少しほっとしたりしながら、
CDたちを見ることしばし。


でも、やっぱり気になって思い切って
「このクレイジーケンバーンドはさぁ、若い人に借りたんだよね?」

って半ば決めつけ気味で聞いてみると・・

「あぁ〜ん?それは俺が買ったんだよ」
って、いつも通りのマイペース口調で予想だにしない返事が返ってきた。

・・・・・

なんだか、衝撃的な告白。
流行を抑えている父ちゃんが、格好よく思える半面、
最新アルバム『ソウルパンチ』まで入手しているあたり、
「ヤバイっ!!私、負けている」というちょっとした焦りを掻き立てられてしまった。

そのショックをかわすべく、思わず、タイガー&ドラゴンをかけてみる。

期せずして、帰省そうそうヂュエット。


父ちゃんの若さの秘訣を垣間見た気がした。

そうそう、今週のR25のインタビューはクレイジーケンバンドの剣さん。
「なりたい=WANTと、必要とされる=NEEDは違うんだっていうこと」

まさに、私の直面している議題でもあって、
想いがなけりゃつまらんけれど、押し付けでもあっちゃいけない。
WANTとNEEDのバランス感覚。
でも、剣さん流「イイネ!イイネ!イイネ!」の、その揺ぎ無い信念のかっこよさ。

フリーランスで生きることは、WANTを実現するためだけど、
NEEDからそれちゃ、タダの自己マン。

私も、社会に必要とされて、剣さんや父ちゃんみたいに、かっこよく生きたい。









nozomipon at 05:43|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2005年08月12日

表現者

私の名刺のタイトルは”表現者”。

会社を辞めて初めて自分の名刺を作った時、
ハンズの定員さんに「肩書きは?」と聞かれて
インスピレーションでうけたことばが、「表現者」。


私は世界にアタマではなくて、五感を使ってますます触りたい、

そう思っていたから
そして、その大切さを伝えたいと思っていたから出てきたのかなと思う。


表現者という言葉が、結構気に入っていたりする。

表現者ときくと、踊りや絵、歌などのアーティストを
連想してしまいがちだけれど、この言葉と1年ほど向き合ってきて
私なりには今、こう解釈している。

_燭茲蠅泙此∋笋梁療たり・突撃人生そのものが、
 ”「生」を表現している”ということ。

 私という人間の人間くささや、感じたままに歩いていく姿を通して、
 人間らしさみたいなものを伝えたいと思っている。

 そして、いい意味で「自分もできる」と感じて欲しい。

 人は誰でもクリエイティブな部分をもっていて、誰でも自分なりの
 「生の表現があること」を伝えたいんだと、思う。

⊆分を媒介にして、個人の個性を引っ張り出すトリガーでありたい。
 そして、私というフィルターを通して、世の中に”アナタの表現”を
 伝えたい。

あとは、亡きママの作品、表現物なんだよね、私って。


初めは恥ずかしかった、表現者の名刺。
でも、”今は私の生き様「生」を表現していますっ”て
少しは自信を持っていえるかな。

そういう意味では、み〜んな表現者ですな。



nozomipon at 06:47|PermalinkComments(5)TrackBack(2)

2005年08月10日

医学の盲点は股関節!? 磯谷式力学療法


股関節のゆがみを正せば病気は治る―手術、クスリのいらない礒谷療法のすべて

脊椎分離すべり症から、ヘルニアになってからというもの、
西洋医学と東洋医学の力を借りながら、健やかに生きるべく気をつけている。

目下の目標は、どこへ行っても一人でできる体操&理想的な日常動作
をみにつけること。
痛みが去り、症状が安定してきたから、自分からの積極的な予防医学
をしよう。

そんなことを考えていたら「磯谷療法」の本を紹介される。


この理論のイメージとしては、
積み木は土台がシッカリしていないと、その上にのっけるものは
バランスを崩し、やがて壊れてしまう。だから、土台の股関節を
矯正しましょうという感じ。

乱暴に言ってしまうと、
股関節が正常でないと骨盤の位置がづれる。
そうすると、骨盤に接続している脊柱にも異常がでる。
脊柱には脳とつながっている脊髄神経(知覚・運動・自律神経など)
が通っていて、脊柱が圧迫されると様々な身体的変調をきたすことになる。

骨盤の高さが一緒じゃないから、上体を支える足の長さも変わる。
これが、また骨盤の左右のバランスを崩すのを助長し、背骨、肩に
至るまで体の骨組を崩す。

ざっくりと磯谷式療法の理論をつかみ、総元締め(創設者の遺伝子が一番強いところ)へ行くことに。

あまりの昔ながらの治療院に、日本全国に指定医院・認定医院外国にもあり、
その理論が英訳されて海外へも伝えられていることを考えると・・・

えっ?本当は儲かっていないの?
大丈夫?とか、
もしかしたら、治療院のみてくれより、研究や治療に集中しているの?
実はかなり真剣でいい治療院なのでは・・?

なんてことが頭をよぎりつつ、これまた強烈な^^;先生に足型
(骨盤のずれの特徴)を判定され
ざっくりと日常気をつける動作とすべき運動等の指導をうけること約一時間半。

寝から、起きかた、座り方などをならい、
帰り際は、先生が密着で、靴の履き方、歩き出しの足
(短い足から歩きだすことで足の長さを揃え、骨盤を平行に戻す)、
まで、びっしりと教えてくれる。

・・・・色々と詰め込まれて、何がなんだかわからないまま、
第一回目を終える。

治療院を出た後、近くのドトールでしばらく
ぼ〜ぜん。

とりあえず、この日常動作や運動が習慣化するまで続けてみようと思う。






nozomipon at 07:49|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2005年08月07日

写真がすき

050802_1049~01.JPG

先日の韓国取材で、携帯でとった一枚。

ちょっと涼しげでいい感じ。
カメラを通すことで、新しい世界ができあがる。

「よく、ブログの写真よくとれているね。」と言われるけれど、
殆んどが携帯で激写。

「旅コラムの写真もカメラマンがいるの?」と聞かれるけれど、
そのような方はおらず。
敢えて答えるとすれば「私がカメラマン。」

風景は私が撮れるけれど、
自分を撮るのがこれまた一苦労。

取材先の方や、同行して頂いた方にとってもらうこともあるけれど、
一人で突撃していった取材先に関しては、通行人を半ば強引にナンパして
(ごめんなさい><)
「このカットで撮ってください!」とお願いする。

もちろん、相手も忙しいのでそうそう取り直しをお願いできない。

写真を撮られる私の、とっさのモデルとしてのポージング能力と
いかに、他者にうまく自分のイメージを伝えて撮ってもらえるか?
ということを常に研究している。

このゲリラ的撮影方、
他者との共同作業がそこで生まれ、一瞬でも経験をシェアできる
ことが私にとっては、とってもうれしい。
あとは、お願いした相手が気持ちよく、究極には私に声を掛けられて
よかったとまで思ってもらえるようにするにはどうしたらいいかな、
と考えている。


 小学生の頃は、自分の鼻が大嫌いで、トンカチや冷やしたスプーンで
叩いていた。
高校生・大学生の頃は、手鏡やブラシすらもっていないプリミティブで、
女子トイレの鏡で自分の顔を人前で見ることすら恥ずかしかった。

旅は写真を撮るためのものじゃなく、その場の空気を味わうものだ、
そう信じていた自分が、今カメラを通して世界を見て、世界を切り取っている。
しかも自分がモデルになったりして。

最近その作業がとても面白い。
新しい楽しみに気づくことができた私は幸せもんです^^。





nozomipon at 11:38|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2005年08月05日

母の命日

39279517.jpg8月4日、昨日はママの命日だった。

あれから、二年。
あれだけ、家族のことを心配していたママが
一度も夢に出てこない。

ママが亡くなってから、新しい家族も増えて、
バラバラだった家族が少しづつ距離を縮めていった。

彼女が切望していたことが叶ったから、心配なく
見守っているのだろうか。

まだ48歳だった。
もっともっとずっと若く見えた。

はた目から見てると裕福で幸せそうに見えただろうけれど、
彼女はずっと苦しんでいた。

小学生時代、学校から帰って毎日少しづつ聞いてきた、彼女のこころの叫び。


人一倍気にしぃで、「よくママからノンちゃんみたいな子が産まれたねぇ」
と言っていた。
物凄く心配性で、自分のお墓、墓石、刻む文字・・すべてを用意していて
周りを驚かせた。

そんなママだったけれど、海外旅行や知らない土地に行くと
大活躍だった。パパは恥ずかしくて、知らない人に道など聞けない
シチュエーションでも、ドンドン聞いていた。

色々なところに旅行に行くのが大好きだった。

私が、会社を辞めてtvで旅レポーターをしたり、こうして海外を
レポートしていると聞いたらどう言うだろうか?
私もママみたいに、知らない人に道を尋ねるのが得意だから、
やっぱり親子は似てくるものなのかもしれない。

あれから二年。
彼女は一度も夢に出てこないけれど、ママからもらったこの体で
少しづつだけれど前に進んでいるかな。

まだまだ力不足だけれど、
いつかきっと、ママのことを書こう。
ママの生きた証をこの世に残すために。


nozomipon at 08:46|PermalinkComments(7)TrackBack(0)